悩みを解決するには 自分の足で崖を飛び越さなくてはならない【マインドマップ1年生!】
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130629先日、 「悩みというのは、その人にとっての崖なんだよ」
という言葉を人から聞かされました。

その崖を飛び越せば、悩みは解決できる。
崖を飛び越すだけでいいんだよ、と。

崖の見える人、見えない人

しかしこの崖というのはやっかいなもので、
誰にでも平等に存在する崖ではないのです。

人によって、崖の深さ、対岸への距離が全く異なっているのは当然として、
そもそも崖なんて存在してない人もいます。
崖が崖として見えている人もいれば、
崖?なんのこと?と、崖が全く見えない人もいる。

そして崖が見えない人にとっては、
崖を飛び越せない人というのは理解しがたいわけですね。

だって、そこに見えるのは、
崖でもなんでもない、今いる場所となんら変わりのない地面でしかないのだから。

見えない崖を、ないものとして扱わない

「なんでこんなこともできないの?」
「そんなこと悩むなんて、おかしいんじゃないの?」
「そんな悩み、ありえない」

これらは、崖が見えない人から、崖が見える人に投げかけられやすい言葉です。

そして崖のみえる人は、そう言われる度に、
目前に見える崖が深くなり、対岸は遠くなってしまうのです。

自分に崖が見えるかどうかで、崖のあるなしを決めるべきではないと思うのです。
たとえ自分に見えていなくても、他の誰かに見えているならば、
それはその人にとっては間違いなく崖なのです。
こちらがいくら他人が「崖なんてない」と言った所で、そう簡単に崖が消えるものではありません。

ましてや、先に挙げた言葉で崖が消えることはまずありえません。
悩みの崖が深く、遠くなると同時に、
その言葉をかけた人との心の崖も、深く、遠くなってしまいます。

崖は、自分の足で飛び越さなくてはならない

さてでは、崖が今まさに目の前に見えている人はどうするべきか。

これは、崖の深さや距離、その崖がいつから見えていたか、その他諸々で、全く対処法が異なってくることでしょう。
そもそも「こうすれば崖を飛び越せる!」という正解なんてありません。
正解がないからこそ、人は崖の飛び越し方が分からなくて、悩んでしまうわけで…。

しかし一つ確かなことは、
「自分の足で崖を飛び越す努力をしなくてはならない」こと。

自分の足だけで崖を飛び越せれば、
また違う崖が見えた時、同じように飛ぶことも出来るはずです。

自分の足で飛び越せなくて、誰かがハシゴを崖に掛けてくれることもあるでしょう。
しかしいつもいつも、ハシゴを掛けてくれるとは限りません。
いつかそのハシゴを頼らずに崖を飛び越さなくてはならないときがやってきます。

ましてや、誰かが対岸に自分を運んでくれるまで待っていては
いつ崖が飛び越えられるかも分からず、ひどい時には崖から突き落とされることもあるかもしれません。
自分で崖から落ちた分には、次に反省を活かすこともできますが、
他人に突き落とされた日には、「他人を信じられない」という新しい崖に立たされることにもなりかねません。

もしも人の助けを求めるのであれば、
「崖の飛び越し方のアドバイス」が適切でしょうね。

辛くても、しんどくても、やはり自分の足で飛び越すために足掻かなくてはならないのだと、
今まさにとある崖の前で足掻いている私は、そう思うのでした。

崖を飛び越した先に続く道が見たい!
そう思える間は、崖を飛び越す努力が出来そうです。

で、崖を飛び越しやすくするためにも、
心も身体もシンプルにしたいものですね~。






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